2015年04月30日

コクーン15周年の振り返り Part8 〜レコーディング開始〜

コクーン15周年の振り返り、Part8です。

コクーンのファーストアルバム制作に向けて、動き出しました。
レコーディングは当時、元の夫がやっていたスタジオでさせてもらえることになりました。
その時に元夫の会社で働いていたイケメンの若者がエンジニアをしてくれました。
まだ、山添さんとは会っていなかったのです。

昔ながらのお友達に頼んで、楽器の演奏もお願いしました。
そして、歌唱指導もコーラスも昔ながらのお友達のボーカリストにお願いしました。
お母さん友達のデザイナーさんがゆりちゃんと親しくて、ジャケットのデザインを考えてくれました。
ほんとに、ほんとに、どれひとつとっても、ありがたい事です。

さて、こんな作業を始めると、定刻に家に帰るのは難しくなってきます。
そうすると、心音は一人になってしまうんですよね。
まだ心音は小学生でした。

その時に、近所で仲良くしてくれていたお友達がいました。
心音となんだか雰囲気が似てて、ご両親とも武蔵美を出ていて、とっても理解してくれたんですね。
そのご両親というのが、今でも手伝ってくれてるデザイナーの“スミちゃん”こと渡辺澄子さんと、ご主人の“ヒゲナベさん”こと、渡辺博之さんです。

心音は、私が遅くなる時は、いつも渡辺家にお邪魔させてもらって、ご飯を食べさせてもらって、お風呂に入れてもらって…、泊めてもらったりもしました。
ほんとに、足を向けては眠れないご家族です。

渡辺家にはホワイトボードがあって、家族のその日の予定を書き込むのですが、そこに心音の欄も出来てました。
食器を買うときも、心音の分も買ってくれてたらしいのです。
もう……涙がちょちょ切れます。

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写真はそのヒケナベさんが描いてくれた絵です。
ステキでしょう?
実物より、若くてキレイ!
いえ、ヒゲナベさんにはこう見えたってことにしておこうっと(^_^;)

たくさんの、たくさんの人に支えられなければ、このアルバムひとつ出来なかった。
人は一人では生きられないし、子育ては一人では出来ないのですよね。

ファーストアルバム発売記念コンサートも、ママ友たちが手伝ってくれて、子どもたちがコーラスで参加してくれました。
「もしも、世界が…」
アルバムの中でも、当時のお友達の子どもたちがコーラスで参加してくれてます。

その時のぬくもりみたいなものを、今でもよく思い出します。
専業主婦だった私は、PTAのお役もやってたりしてました。
だからこそ、ママ友にも恵まれたのかもしれません。

どんなことも、無駄なことはひとつもないんだと、こうして振り返って私は思います。

もしも、世界が…」コクーン

もしも世界が100人の村だったら
そんな不思議な話を聞いたよ
もしも世界が100人の村だったら
私はどこにいるんだろうか?

栄養失調50人 太り過ぎ15人
17人はキレイな水も飲めない

海をこえて 山をこえて
あした急に 分け合えなくても
いつか道が みつかるはず
誰もがみな 大切な地球ファミリー

もしも世界が100人の村だったら
すべてがクリアに見えただろうか
もしも世界が100人の村だったら
みんな仲良くしてただろうか

夕食人種70人 白い肌30人
声も汗も色分けは出来ないよ

海をこえて 山をこえて
すぐに握手 できないとしても
おんなじ夢 気づいたなら
誰もがみな 大切な地球ファミリー

こちらで試聴出来ます↓
https://soundcloud.com/yy-cocoon

CDの購入はこちら↓
http://okaeri.theshop.jp/

コクーン15周年記念ライブ&パーティーは7月26日(日)夜、南青山MANDALAでの予定です。

ゆうこ

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2015年04月28日

コクーン15周年の振り返り Part7 〜ファーストアルバム〜

コクーン15周年の振り返り、Part7です。

コクーンのファーストアルバム「cocoon1」を作ることになったのは、前にも話したきよしちゃんがスポンサーになってくださったおかげです。
今思い出しても、感謝の気持ちでいっぱいです。
きよしちゃん、ありがとう!
でも、それだけじゃ申し訳ないので、コンサートする度に募金箱を設けるようにしました。

今では、講師をされているきよしちゃん。
お父様から引き継いだ会社をどうしていくか?
本当に自分がやりたいことなのか?
それは、二世三世の社長さんは、誰もが悩むことだと思います。
きよしちゃんも、悩んでおられたんだと思います。
その時ギフト屋さんをされていたきよしちゃんは、人生の贈り物として、私たちのCDを世に出すと言ってくださいました。

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CDを作る原動力になったのは、またしても明美ちゃんのおかげでした。
明美ちゃんのワークに出たとき、未来の夢を語るものがありました。
そのとき、コクーンを始めたばかりだったので、私はこんなことを言ったと思います。
「いろんなところで、コクーンがコンサートに呼ばれたらいいな。
CDも出来たらいいな」って。

すると、また明美ちゃんが言うんです。
「そんなのダメ!いいな、なんてダメ!
あちこちでコンサートに呼ばれる。CDを出すって宣言するの!!」
え〜〜?まだ、活動始めたばっかりで、そんなおこがましい…。
と思ったのですが、明美ちゃんの剣幕に押されて、ついつい、そこで宣言してしまいました。

宣言するって、不思議です。
そしたら、本当にあちこちに呼ばれるようになって、CDも作れることになったんです。

もしかしたら、宣言する覚悟が決まると、何かが動き出すのかもしれません。
それは、きっと、覚悟なのです。
天に向かって、自分の覚悟を言うことなのではないかと、後から考えて思っています。

そのワークで、自分へのメッセージというカードをそれぞれが引きました。
私のカードには「成功への怖れ」と書いてありました。
音楽業界がイヤになってた私は、成功への怖れを、知らず知らずに持っていたのでしょうか?
なんと、ゆりちゃんは「失敗への怖れ」うあう〜〜ん、なんかそれもわかるなぁ。

ほんとに、つくづく、明美ちゃん恐るべし!です(^ ^)笑


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ゆうこ


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2015年04月26日

コクーン15周年の振り返り Part6 〜愛の実力〜

コクーン15周年の振り返り、Part6です。

コクーンと名乗って初めの頃、明美ちゃんが紹介してくれた人の中に、松前兼一さん、通称“けんちゃん”がおられました。
けんちゃんは、その時に訳あって23歳で企業された会社を退かれて、東京に出てきたところでした。
哲学者の芳村思風先生の思風塾を東京で開催されるとのことで、私たちもそれに伺いました。
哲学って、なんか難しそう。
私にはあまり関係ないかも。
なんて、思っていたのですが、とんでもない!

初めて聴いたのは「愛の実力」の講義でした。
愛は人と人が繋がる力だから、実力として育てて行かなければいけない。
もう、目からウロコがポロポロポロ…

哲学の講義で泣くとは、思ってもいませんでした。
感性論哲学というものを、思風先生が一から作ったということは、講義の後で知りました。
哲学って、昔の誰かが言ってることを、ああでもない、こうでもないって考える事とばかり思っていたので、私には衝撃だったんです。

人生では、出会うべき人には必ず会える。
一瞬早くもなく、一瞬遅くもなく。
その言葉通りだなぁって、よく思います。
それから、芳村思風先生という人生の師、目指すべき方が出来ました。

岡部明美ちゃんと、その思風先生とのセミナーをけんちゃんが開催することになって、コクーンで歌わせてもらえる事になった時は、嬉しくて、嬉しくて…。

思風先生が講義で話したことを、明美ちゃんがワークで落とし込む。
そこに、これでもか!みたいに、コクーンのコンサートが入るのです。
これは、今考えても最強でした。
その企画は前にも話したきよしちゃんが、そして主催はけんちゃんが、それを最強の味方のみちえちゃん(福島道江さん)とふくちゃん(福島康司さん)が支えていました。
このセミナーに出ると、毎回、毎回、発見や気づきがあって、今までの自分を振り返るきっかけになりました。

振り返ってみると、私はわがままで、ほんとにどうしようもないヤツだなぁって。
そんな事を思えば思うほど、歌が出て来ました。

歌は、私にとって、自分そのもの。
自分の人生そのもの。
日記みたいなものです。
でも、指針があると、真ん中がブレない気がしました。

それから、もうひとつ。
自分に哲学が出来ると、すごく強くなる気がするんです。
何かあっても、立ち直れるような…。
そんな気がしています。

コクーンをやらなかったら、出会えなかった人ばかり。
本当に感謝、感謝です!

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写真はふくちゃんが撮ってくれたものです。
だから、ふくちゃんは写ってなくて、ごめんね。


芳村思風公式ホームページ
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ゆうこ

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2015年04月24日

15周年を想う 〜おばあちゃんの思い出〜

私は物心ついた頃には、すでに「 おばあちゃんっ子」になっていた。

妹が年子で生まれ、母が乳飲み子の世話で大変だったこともあるだろう。

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おばあちゃんが近所の茶飲み友達の家に行く時も、買い物や勉強会にも、寝る時も、ほとんどいっしょ。
夜、お腹が痛くなってトイレに行く時も、おばあちゃんがついて来てくれた。

5歳になった春、銀行に勤めていた父が転勤になり、私たちも帯広から札幌に引っ越す事になった。
電車に乗る時、 おばあちゃんも 両親や妹と一緒に乗り込み、 私はウキウキしながら 車窓から見える風景を眺めていた。
ところが、おばあちゃんはなぜかあまり喋らず元気がなさそうに見えた。

そうして突然、 おばあちゃんは 次の駅で降りるという。

「なんで? なんで降りちゃうの?」 
「ばあちゃんは、ここまでしか乗れないんだよ。一緒に行けないの」

突然の事に、私は驚いた。
どうも、おばあちゃんは孫達との別れが辛くて、途中まで 一緒に 電車に乗って来てしまったのだ…。

思ってもいない出来事に私は涙も出なかった。ただ、呆然とおばあちゃんを窓から見送るばかりで…。

札幌に行ってからは友だちもでき、楽しい生活を送りながらも、私はおばあちゃんがいつか会いに来てくれはしないか…とばかり考えていた。
そして、よく夢を見た。夢の中でおばあちゃんがやってくる。「わーい!」と喜ぶと、夢だったんだ…とがっかりする。
そこでいつも目が覚めるのだった。

そんな夢を何度も見るうちに、ようやく本物のおばあちゃんがやって来た。それは、翌年の3月、私が小学校に入学する前だった。

すでに我が家には、おばあちゃんからの入学祝いの机とフランス人形が届いていた。 久しぶりに私は、おばあちゃんと枕を並べて眠る事ができたのだった。

それからは毎年、夏休みには帯広のおばあちゃんに会いに帰れるようになった。
父の弟にあたるおじさんが、「ばあちゃんは、ゆりちゃんとひろちゃん(妹)に早く会いたくて、到着するずっ〜と前から門の前に立って待ってたんだよ」という。
そして、「ゆりちゃんたちが札幌に行ってからのばあちゃんは、本当に可哀想だったよ。いつもちゃぶ台に、ふたりの茶碗と箸を並べて、ご飯食べながら涙こぼしてたんだよ」と教えてくれた。
私にはその光景が目に浮かんで、切なくなった。

夏休みの宿題の絵日記には、「私の大好きなおばあちゃん」と書く所で、「大」の字が1個では足りなくて3行くらい並べて書いたりした。

小学校5年の夏休みは、私が児童合唱団に入団したために帯広に行けなくなり、おばあちゃんが札幌に来てくれた。

ちょうどその頃、私は小児性ストロフルス(※1)にかかり、痒くて眠れない日々を送っていた。
一般には、小学校に上がると治るといわれていた病気だが、私は赤ちゃんの時から中学に上がるまで毎夏 この病気に悩まされ、病院通いや食事制限、強い痒みによる不眠で辛い日々を送っていた。

だから、その頃は夏が嫌いだったのかもしれない。 カイカイ( 小児性ストロフルス) にはなるし、 お岩さんのような怖い幽霊が出るし(映画を見てから夏に出ると想像)、嫌な季節だと思っていた。

小さい頃から心がけていた事、それは、私が夜、痒くて眠れない事を家族に悟られないようにすることだった。熟睡している家族を起こしたり心配をかけたくなかったので、あまりに痒くて寝られない時は、よく居間まで行って脚をバタバタさせていたものだ。

ところが、その夏は違った。おばあちゃんが隣に寝ていて、ウチワで扇いでくれる。心地良い風が当たると、かゆみも少しは治まって寝付きやすくなるのだった。
朝、目を覚ますと、おばあちゃんがウチワを持ったまま、肘枕をついたままで眠っていたので、有り難いやらびっくりするやらで胸が熱くなった。

この、ただ愛するという無償の姿を、おばあちゃんは体の温もりで体感させてくれたのだと思う。

それからも、私の大変な時にはいつもおばあちゃんが帯広から駆けつけてくれて、励まし慰めてくれたものだ。
初めての高校受験や、胆嚢炎になって通院していた頃も、感謝の気持ちの大切さや、祈りの尊さの事など、深く高く広く教えてくれたと思う。

「笑うと、卵6個分の栄養があるんだよ」

「道を歩く時は、楽しいうれしい有り難い、、、と思って歩くと、災いを寄せ付けないんだよ」

「お父さん、お母さんや家族。 ご先祖さまや親戚。 お友達や先生、周りの人に感謝して生きる事が大切だよ。天地いっさいのもの、生きとし生けるものに感謝して祈る事…」

後に出会うことになる感性論哲学創始者の芳村思風先生の哲学と、おばあちゃんの教えがとても共通していて、私はとてもうれしかったものだ。

おばあちゃんは、2000年1月28日、ちょうど私の誕生日の前日に亡くなった。96歳だった。

この年の7月に長野県女神山でコクーンが誕生した。きっと、天国のおばあちゃんが応援してくれたのだろう。
裕子ちゃんの息子、ひかるちゃんも。

おばあちゃんが召された時、その思いをいつか歌にしたいと思った。
その思いが、裕子ちゃんのおばあちゃんへの思いと結実して 「おばあちゃんの子守歌」になった。

そして、その年の10月末、今は亡き萩尾たまちゃんたちのご尽力により初めてのコクーン・コンサートが女神山で開かれた。

その翌日、東京に帰って来てもうれしくて眠れない時に、ふっ〜とできた歌が、 「愛があふれて」だった。
もう午前零時を過ぎていて、 ちょうどおばあちゃんの誕生日、10月30日になっていた。

歌や踊りが大好きだったおばあちゃん、アンパンが大好きだったおばあちゃん、いつも笑顔がぽちゃぽちゃしていたおばあちゃん。

私はおばあちゃんの孫に生まれて、とっても幸せです。

おばあちゃん、ありがとう。

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祖父母の結婚式の写真。
堀キクと堀外喜雄(ときお)
北海道・中富良野のりんご園の次女と、金沢から来た総理府地方事務官との結婚式。祖父は50歳で帰天したので会ったことはない。

(※1) 小児性ストロフルス: 虫刺されの後に起こることが多く、現在では虫毒に対する過敏反応(アレルギー反応)と考えられているが、当時は乳製品が原因と言われていた。


水月悠里加


☆おばあちゃんの子守歌(試聴)
https://soundcloud.com/yy-cocoon/4umjqt1smsk6

☆愛があふれて(試聴)
https://soundcloud.com/yy-cocoon/ai-ga-afurete

☆コクーン15周年記念コンサート&パーティー開催のお知らせ
http://www.yy-cocoon.com/

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コクーン15周年の振り返り Part5 〜女神山ライフセンター〜

コクーン15周年の振り返り、Part5です。

コクーンと名乗って、初めてのライブは女神山ライフセンターで。
明美ちゃんのワークショップでした。
やっとコクーンを名乗る頃になりましたね。
振り返ると長いです〜(^_^;)

明美ちゃんは当時は半断食のワークをされていて、それに参加したら、コンサートさせてくださるって。
ワークショップって何?
そんな状態でしたが、コンサート出来るならと参加させていただきました。

女神山ライフセンターは本当にステキなセミナーハウス。
緑に囲まれて、澄んだ空気が流れていて、それはそれは気持ちのいいところでした。
まだ、八角堂はなくて、広い敷地に木の香りの建物がポツンポツンと建っていました。

初めて参加したワークショップは、心の見直しをする良い機会になりました。
いや、もうね〜、それはそれは毒出しなんてもんじゃないんですよ。
3日間の間、泣いた、泣いた…。

そして、最後の夜の7月7日に、私たちのコンサート。
みんな、ほとんど食べてなくて、身体の毒出しみたいに下痢していて…(^_^;)
そんな中だったけど。
でも、その初めてのコンサートは、言葉では言えないほど、あたたかな時間でした。

その時に、女神山ライフセンターの方たちも聴いてくださいました。
オーナーご夫婦と、当時住み込みで働いておられた萩尾珠美さん、通称“たまちゃん”
嬉しいことに、皆さんが気に入ってくださって、それからはとっても応援してくださいました。
女神山ライフセンターにCDも置いてくださったんですよ。

たまちゃんは、昨年、乳癌から転移されて、帰らぬ人となったんです。
悲しくて、悲しくて…。
いっぱい、いっぱい思い出が浮かびます。
コクーンのこと、いろんな方に伝えてくださいました。
女神山ライフセンターで、コンサートを主催もしてくださいました。
会社を倒産させるときの弁護士さんもご紹介いただきました。

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写真はたまちゃんが撮ったものです。


きっと、天から見ていてくださると思っています。

コクーン公式ホームページ↓
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ゆうこ


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2015年04月22日

コクーン15周年の振り返り Part4 〜初ライブ〜

コクーン15周年の振り返り、Part4です。
降り返ってみると長いものですね。
まだほんとに初めの頃ですものね。
良かったら、お付き合いくださいね。

初めてのコンサートは、静岡の三島でした。
当時、お父様から引き継いだ会社を経営されていた辻さん(きよしちゃんと呼んでます)が、自社ビルの上にあるセミナールームでのイベントに呼んでくださいました。
まだ「コクーン」という名前もなくて、「ゆうこ」と「ゆり」でYYカンパニー?なんて、言ってたころです。
明美ちゃんのご紹介のおかげです。

きよしちゃんは、ゆりちゃんの家にわざわざいらしてくださって、歌を聴いてくださいました。
そして、すぐに呼んでくださったんです。

確か、そのミニライブでは4曲演奏しました。
そしたら、泣いてるお顔がいっぱい見えるんです。
私はびっくりして、何か悪いことでも言っちゃったかな?って、焦ったのなんのって。

演奏が終わると、泣いてた方が飛んできてくださって
「感動しました」って……。

え?
感動して泣いてくださってたの?
その事に、私の方が感動しました。
だから、こんなにあたたかい雰囲気だったのかなって。

コンサートは演奏する側だけでは作れないんですよね。
聴いてくださる人と、カゲで支えてくださる人と、みんなひとつになって、作られて行くのだと思います。
そんな事を、初めて体験させてもらいました。

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きよしちゃんは、それからいっぱいイベントを企画してくださいました。
cocoon1のスポンサーさんにもなってくださいました。
会社の経営が厳しいときも、それでも、支えてくださいました。
感謝しても仕切れないお一人です。

振り返ると、私たちは、こうしていっぱい支えていただいて、今があるんだなぁと思います。

きよしちゃんがアルバムのスポンサーになろうと決めてくださったのは、「ごめんね」という歌でした。
結局、それはcocoon1ではなくて、cocoon2に入ってるんですけどね。
良かったら、聴いてみてくださいね。

「ごめんね」コクーン
作詞・作曲 裕子

(1)
言葉なんかじゃ とても 言い尽くせない
説明するたびに ウソになるから

ただ自分の場所を
それぞれ求めていただけ
けれど 進む方角がわからない
ただ それだけ

ごめんね 大好きな人
ごめんね 悲しませたね
ごめんね 大好きだから
どうしても 伝えたくて
うまく 伝えられなくて

(2)
本当は弱虫で 臆病だから
いろんな顔付けて バリア張ってた

ただ捨て去ることで
変われるはずだと思ってた
だから どんな自分も
自分だと認められずに

ごめんね 大好きな人
ごめんね 怒らせちゃったね
ごめんね 大好きだから
もう少し 甘えたくて
うまく 甘えられなくて

(3)
ごめんね 大好きな人
ごめんね どうすればいいの?
ごめんね 大好きだから
どうしても わかりたくて
うまく わかりあえなくて
ごめんね…


「ごめんね」の試聴はこちら↓
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2015年04月20日

コクーン15周年を振り返って Part3 〜ずるい!〜

なんだか、段々楽しくなってきました〜!
前にも書いた岡部明美ちゃんのことです。
私が心から感謝しているお一人です。
明美ちゃんは、ゆりちゃんの高校からのお友達。
前にも書きましたが、明美ちゃんは脳腫瘍を克服して、その体験を講演やワークショップで伝えています。

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ゆりちゃんと一緒に何曲か作ったころ、ゆりちゃんから急にお願いされました。
それは「この前会った明美のことだけど。大切なビジネスパートナーを亡くして、落ち込んでるの。だから、歌を聴かせてあげたいんだけど」そんなことでした。
もちろん、一も二もなくOKして、ゆりちゃんの家でホームパーティーのようなミニコンサートをしました。

そしたら、私達の歌を聴いて、明美ちゃんは大泣きしてくれて、こう言ったんです。
「ずるい!」って。
「こんなステキな歌を二人だけで楽しんでるなんて、ずるいよ」

ずるい?
その強烈な言葉で、私の心の中の壁が、音を立てて崩れた気がしました。

それだけではなくて、明美ちゃんは何人もの方に、コクーンの歌を知らせてくださいました。
そして、その方たちは実際にコンサートを主催してくださったり、イベントに呼んでくださったりしました。
もう音楽活動はしない、なんて思ってた私をもう一度音楽の世界に引き戻してくれたのは、明美ちゃんのおかげです。
どんなに感謝しても足りないくらい感謝してる人。
そんなお一人です。

その時に歌った曲のひとつに、すでに「チャンス」はありました。
大変は大きく変わるチャンス!
私は振り返ってみて、改めて思います。
何もない人生なんてないけど、
でも、どんなに辛いこと、悲しいことも、全てはチャンスになれるのかもしれないって。

写真は、またまた明美ちゃんとの金沢でコラボした時の写真です。

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それにしても、明美ちゃん、やっぱり恐るべしです(^_^;)

「チャンス」はこちらで試聴出来ます↓
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ゆうこ

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2015年04月18日

佐藤初女さんの『限りなく透明に凛として生きる』出版記念講演会

昨日は、佐藤初女さんの出版記念講演会に行ってきました。
1200人の会場は満席で、初女さんの朗読「わたしをお使いください〜マザーテレサの祈り〜」から始まりました。(この詩は、聖フランチェスコの「平和の祈り」の姉妹のように感じました)

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初女さんの柔らかい声は、聴いているだけで心地良く優しい空気が会場を包みます。

「はい、わかりました」と言うことの大切さ。
小さいことでも続けていけば変わっていく。
どんなに困った時、大変な時でも何かひとつ、自分のできることをするのが大切…。

良いことは、ひとりふたり三人と伝えていく。

そして、晴佐久神父、芳村思風先生、池川明先生と続きます。

晴佐久神父は、「初女さんのそばにいるだけで、何も怖くなくなる、とても安心してしまう。これからの時代は、宗教を超越した『透明なかみさま』が大切」と語り、

思風先生は、「陶磁器の土は炎で焼かれると1300℃で一度透明になるが、人間、『死んでもいい』と思えるほどのものに出会い、情熱を傾けて燃焼した時に透明になる」と語り、

池川明先生は、「赤ちゃんの魂と語り合いながらの出産が理想ですね。実際、そんなお産をした方がいて、魂は光、透明だったそうです。」と魂と向き合うことの大切さを語りました。

それぞれ、個性溢れる「透明な在り方」についてのお話でした。

後半では、全員が登壇され、司会進行役は、この本やイベントを企画・コーディネートした兼ちゃん(松前兼一)でした。

最後は、下山しおりちゃんの詩の朗読。声の優しさ、あたたかさが心地良かったです。

考えてみたら、皆さんお一人おひとりが、とてもコクーンとご縁が深い方ばかり。

14年前、兼ちゃん主催の「Iの学校」(長野県女神山で年2〜3回)では、毎回コクーンを呼んでいただき、芳村思風先生の講義、あけみちゃん(岡部明美)のワークの最後に、いつもコクーンがコンサートをさせてもらいました。

コクーンの代表曲のひとつ「チャンス」は、晴佐久神父の「もしも病気になったら」をヒントに作り、それがご縁で高円寺教会でコンサートさせてもらいました。

佐藤初女さんとは、13年以上前に静岡で「おむすびの会」と講演とコンサートでコラボさせていただき、その後、高円寺教会、那須でもコラボさせてもらいました。

池川明先生とは数年前に鎌倉で、一昨年は、代々木での映画「生まれる」で講演とのコラボでした。

あれもこれも、「コクーンを呼ぼう」とご尽力いただいた皆さんのおかげで、いっしょに全国を回ってくれるスタッフのおかげで、応援してくれる家族やファンの皆さんのおかげと思うと、とってもありがたい気持ちになります。

帰りのロビーでは、懐かしい人や友人に再会したのですが、思風先生は早々とお帰りになったとかで、がっかりして夕食を食べる場所を探し回り、(友人は松葉杖なので、一階かエレベーターのある所でないと入れない)、ようやくエレベーターのあるレストランに入ったら、なんと! いらしたのです。思風先生が! これも、「透明なかみさま」からの贈り物でしょうか。かみさま、ありがとう〜!(=´∀`)人(´∀`=)

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水月悠里加

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15周年を振り返って Part2 〜予言〜

コクーン15周年の振り返り、Part2です。

コクーンを始める前に、ゆりちゃんとは歌のことでの関わりが、ひとつありました。
ゆりちゃんが歌が上手いのは、ゆりちゃんの昔ながらのお友達みんなが、周知のことだったようです。
そんなお友達の一人が、中国の歌に自分で作った歌詞をつけて、ゆりちゃんに歌ってもらう。そんな大人の遊び?(ゆりちゃんは、そう言ってました)をやり始めました。

ゆりちゃんが大好きな歌を、もっとやったらいいのに、そんな優しいお気持ちからだったようです。

ゆりちゃんの高校時代からのお友達に、岡部明美ちゃんという人がいます。
脳腫瘍から回復した体験を元に、講演やワークショップをされてます。
その明美ちゃんの講演で、ゆりちゃんが数曲歌うことになったというのです。
でも、会議室で、音の出るものは何もない。
私の元夫は、楽器レンタルの会社をしていたので、貸してもらいました。
家族なんだから、タダで貸せ〜!って無理を言って…(^_^;)

そんなこともあって、私は音響担当。
音響なんて出来ないけど、他の人よりはマシそうな雰囲気だったので。

ゆりちゃんは、「ゆりちゃん」だから「ヤォ リン チェン」っていう名前にしてました。
私は、キーの確認とか、そんなことで少し関わってました。
ゆりちゃんは、私にピアノを弾いてもらいたい雰囲気だったんです。
でも、私は……。
どうしても演奏を手伝う気にはなれませんでした。

私は、昔、キーボードを弾いていました。
始めのうちは楽しかったのですが、途中からなんだか楽しくなくて…。
キャーキャー騒がれるような方のコンサートで弾いていても、どうしても違和感ばかり…。
音楽が音苦になってしまったんです。

それに、そのお友達の作る歌詞は、独身でおられたこともあるのかもしれませんが、
悪い男に騙されたとか、そんな失恋の歌ばかりでした。
子育て真っ最中の私には、あまりピンと来なくて…。
今、考えると、ゆりちゃんのキャラからも遠いような気もしますが…(^_^;)

明美ちゃんの講演が終わった後、明美ちゃんと一緒にお食事をしました。
「はじめまして」
そんな状態でした。
それなのに、明美ちゃんは急に、不思議な事を言い出したんです。
「ゆりこ、いい相棒が出来て良かったね」
え?相棒?
私はピアノ弾かないよ。
なんて心の中で思いながら…。

でも、その予言が現実になるのは、さほど時間がかかりませんでした。

写真は去年、経営研究会で、明美ちゃんとコラボしたときです。

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当時、こんな日が来ることなんて考えてもみませんでした。

人生には、偶然の顔をした必然が、たくさんやってくるんですよね。
もしかしたら、偶然はひとつもなくて、本当は全てが必然なのかもしれない。
そう思うと、ひとつひとつ、一瞬一瞬を大切にしようと思えるものですよね。

明美ちゃんのことは、また後日、続きを書きますね。
それにしても、明美ちゃん、恐るべしです(^ ^)笑

コクーン公式ホームページ↓
http://www.yy-cocoon.com/

コクーン15周年ライブ&パーティーは、7月26日(日)の夜、南青山MANDALAでの予定です。

ゆうこ

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2015年04月16日

15年を振り返って Part1 〜傷だらけのエンジェルの計らい〜

コクーンの15周年ってことで、いろいろと思い出してました。

振り返って、少しずつ書いて行こうかなって思います。

ゆりちゃんと歌を作るようになったのは、息子のひかるのおかげでした。
ひかるの命日の翌日、ゆりちゃんが「こんな歌が出てきたんだけど」って、「♪待っていてね きっと、いくから 待っていてね 天国で♪」そんなフレーズを、アカペラで歌ってくれました。
もちろん、大泣き!( ; ; )

バッキングつけようって、ピアノに向かって。
それが初めての二人の歌でした。

その時に、私は誰にも見せたことがなかった詩を、ゆりちゃんに見せたんです。
「傷だらけのエンジェル」
息子のひかるが亡くなって一年経ったころ、ふと出てきた詩でした。
お仏壇の引き出しにしまって、誰にも見せることはないと思っていたんです。

いつか、これも曲になるといいな。
なんて話していたけど、それが歌になったのは、次の私の誕生日。
なぜだか、メロディーが頭の中に流れ出しました。

人生には、自分が思ってもいなかったような事が舞い起こる事があります。
今、考えると、これはきっと天の計らいなんじゃないかなって。
もう音楽はやらないと決めていた私を、音楽活動に戻してくれました。

息子の死をいくら悲しんでもどうなるものじゃないとわかっていても、悲しみは無くならないものです。
きっと、一生無くならないんだと思います。
悲しいっていう気持ちとの付き合い方が少しずつ、上手になるだけで。

でも、初めのうちは、どうしようもなく悲しくて、悲しくて…。
自分の心のコントロールが出来ない状態でした。
「傷だらけのエンジェル」を歌うたび、毎回、毎回、私は泣きました。
でも、その度に、少しずつ、薄皮を剥がすようにラクになって行くのです。
まるで、セルフカウンセリング。
歌の力ってすごいんだって、改めて実感させられました。

私はカウンセリングを受けたことはなかったけど、もしかしたら、歌が何よりものカウンセリングだったのかもしれないと、いつも思います。
涙を流すって、大切なことですよね。

そして、ある時を境にやっと思えるようになりました。
息子のひかるの死にも、きっと意味があるんだって。
頭じゃなくて、腹で…。

もしかしたら、ひかるは私を導いてくれる本当に天使みたいな子だったんじゃないか、なんて今は思ったりします。
親バカですかね(^_^;)笑

ひかるとの写真です。
生まれたばかりの、まだ病気だとは知らない頃のひかるです。

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「傷だらけのエンジェル」、良かったら、聴いてみてくださいね。
https://soundcloud.com/yy-cocoon

詳しくはこちら↓
http://www.yy-cocoon.com

CDのご購入はこちら↓
http://okaeri.theshop.jp/

コクーン15周年ライブ&パーティーは、7月26日(日)の夜、南青山MANDALAでの予定です。


ゆうこ


posted by cocoon at 12:43| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | コンサート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月15日

コクーン15周年 〜7/26 南青山MANDALA〜

コクーン15周年の記念コンサートを、どこでしようか…と思った時、パッと浮かんだ場所が「南青山MANDALA」だった。音響も照明も雰囲気もいい…と思っていたし。
この話を裕子ちゃんにすると、「そうだね! あそこは食事も美味しいし♪」と、すぐに賛成してくれた。でも人気あるし、果たして空いてるだろうか? エンジニアの山添さんが確認してくれたら、運良く空いていた♪

その後は、マネージャーのアメちゃんや山添さんが交渉してくれて、何とか人気の場所を抑えてくれた。

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考えたら、コクーンの記念コンサートは2回目だ。10周年の時は四谷だった。あの時、いらしてくれた裕子ちゃんのお父さんは今度は来られない。昨年、7月7日に天に帰られたから…。不思議なことに、コクーン誕生の日と同日であった。

だから、裕子ちゃんは大好きなお父さんの一周忌の月に、記念コンサートを迎えることになる。

周りでは、すでに、事務局のスミちゃんも山添さんもアメちゃんも、うちの夫も、ご両親は帰天されていて、両親が達者なのは私くらいだ。

いま、84歳になる両親は、10周年の時は来られなかった。今度はぜひ来て欲しいもんだ。

10周年の時に手伝ってくれた子供たちはそれぞれが独立して、裕子ちゃんの娘は佐々木心音という女優に、息子は美容師になった。

ちなみに、昨日から始まったNHKドラマ「美女と男子」の主役・仲間由紀恵の相手役・町田啓太は、こないだ見に行った映画「スキマスキ」の佐々木心音の相手役だった。(昨年の連ドラ「花子とアン」では義理の弟役。)

私は、テレビを見ながら、「いつか心音も連ドラの主役に…」と想像していた。

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振り返ってみると、15年前の今頃は、まだ子供たちも小学生で、私たちはPTAの役員や「こども劇場」、ママさんバスケットや和太鼓、ドライフラワー、陶芸…と、忙しくしていた。

当時関わっていた編集の仕事も、子育てを生かした企画、「生きもの図鑑」や「新幹線で遊ぼう」だの、楽しく熱中していた。

いま思うと、あの頃の子育ては、もう一度子ども時代を楽しむようなもので、獅子座流星群を見に山にキャンプに行ったり、ザリガニ釣り、セミ採り…と、子ども以上に私たちが夢中になってしまって、
「お母さ〜ん、帰ろうよ〜!お腹すいた…」
「あらヤダ! もうこんな時間︎」

なんてことも、よくあった。

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はしか、おたふく風邪、インフルエンザ…なんかも、ママ友ネットワークで情報交換して助け合って、良いことも悪いことも泣いたり笑ったりで生きてきた…と思う。

いちばん辛かったのは、やはり親の病気。私は、義母が膵臓ガンになったときに家庭介護を、裕子ちゃんはご両親の介護をそれぞれ経験している。

こないだ二人でリハーサルをした時、「ふたりの体験を合わせたら、ものスゴいことになるね!」と、笑いあった。(=´∀`)人(´∀`=)

こんなこと、あんなこと、夢や理想が詩や曲になって、コクーンの歌が生まれてくる。

15周年の記念コンサートでは、きっと懐かしい方から初めての方まで、ステキな出逢いがいっぱいある予感がしている。

みなさん、どうぞスケジュール帳には「7月26日日曜日の夜」を空けておいてくださいね♪

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水月悠里加

posted by cocoon at 15:38| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | コンサート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月14日

15周年ライブ&パーティーの日程が決まりました!

今年は、コクーンの15周年!
ここまであっという間だった気もします。
でも、考えてみるといろいろあったなぁ。

さてさて、15周年ライブ&パーティーの日程と場所が決定しました。

7月26日(日)の夜です。
場所は南青山MANDALAさん。
オシャレで、美味しいライブハウスです。

決まったってことで、乾杯していた私たち(^_^;)

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また、詳細が決まり次第、ご報告させていただきますね。
皆さん、空けておいてくださいませm(_ _)m

ゆうこ

posted by cocoon at 17:52| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | コンサート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする